【公式HP】ソシオ府中パークサイド|公園隣接、全邸南西向き。100%平面駐車場。全39邸のプライベートレジデンス。

Concept

由緒ある地。
オーセンティックを投影する邸宅。
そのかけがえのない価値に、
人は魅了される。

住まい選びには、感性や美意識とともに、その人の人生観が色濃く反映される。
生活スタイルもさることながら、譲ることのできない価値基準がその判断を左右する。
「ソシオ府中パークサイド」。
私たちは、「オーセンティック」という言葉が宿す意味と本質に魅せられ、
心が大きく揺り動かされる人たちの意識に想いを馳せながら設計に取り組んだ。

アドレスは、府中町宮の町。
平安期に安芸の国府が置かれた府中の歴史と記憶を今に繋ぐ正統の地である。
この地歴を継承するにふさわしい品格と風趣を建築デザインに昇華させ、
当地の新しい時代を象徴する「私邸」として贈る。

※国府とは、律令制下、諸国に置かれた政庁を意味します。

Fuchu’s History

海に覆われていた、
府中町の南側エリア。
古地図が伝える平安時代の地形。

古地図を眺めると、現在からは想像もできない発見に驚かされることがある。平安期まで時代を遡れば、府中町も町域の南の多くが海だったという。今の松崎八幡宮跡から埃宮、変電所に至る道の西側、そして鹿籠からマツダにかけてのエリアは、まだ干拓がなされていなかった。安芸の国府が府中に置かれていた平安時代には、すでに甲越峠からその海岸線沿いに都と九州を結ぶ古代山陽道があったことも記されている。街道沿いには神社仏閣も点在。当時の暮らしが想起される。この古代山陽道と江戸時代以降に整備された近世山陽道(西国街道)の間に位置するのが、ソシオ府中パークサイドである。隣接する下榊公園の「下榊」は、平安期に栄えた府中の記憶を今に継ぐ地名でもある。「正統なる府中」。この住まいがそう謳う由縁がここにある。後に商業ゾーンとして賑わいを見せるイオンモールの周辺が陸地となるのは、1600年代半ば、江戸時代に入ってからのことである。

※出典/『府中町観光マップ』、『安芸府中町史 第一巻・第二巻』